石巻の公園をデザインしたときの話(前編) [ ・ランドスケープデザイン]
建設コンサル会社で公園の設計をしていた、1995年5月のGW明けだったと思います。
当時のI上司から石巻市の公園デザインをまとめる仕事を依頼されました。
「東北支店が受託した歩道橋整備にともなう公園計画のデザインが、何案出しても
まとまらないようで本社に応援依頼が来ている。
提案資料を見たが会社としてちょっと良くないレベルだから君にまとめて欲しい!」
■前年度にまとめられた基本計画の報告書
発注は宮城県石巻土木事務所。
東北支店の構造部(橋を設計する部門)が、県道整備にあわせて景観に配慮した歩道橋の
設計を担当したようです。
しかし、当時の東北支店には景観デザインの設計者がいなかったようで、土木設計者が
公園のプランをしたようで、
「これは無理だろう・・・。
発注担当者がOKを出さなかったのは正しいよね~」
と思ったほど。
こう書くと不思議に思われる方も多いかもしれませんが、
設計者から提案された案(プラン)から選ばなくてはいけないと思う発注者もいるのも事実。
発注機関としては工事発注の締切りもありますから、受託した設計者が作成したプランの中から
選んで設計が進み、結果としてそれで現場ができてしまうことも多いものです。
・・・とは言え、上司から依頼されたこの段階では僕自身もどんなプランを提案するのか、
また、提案したプランでまとまるのかさえもまったくわからない状況でした。
この案件は、僕自身が設計者として、コンスタントにまとまるプランを作ることが
できる切っ掛けをつかんだ思い出深いプロジェクトだったことと、
何より、3・11で大きな被害を受けた石巻市内のプロジェクトだったため、今回、
記事とすることに致しました。
本プロジェクトは宮城県石巻土木事務所発注による、県道16号線景観整備事業にともなう
蛇田歩道橋の設計と歩道橋に付随するオープンスペースの計画でした。
■県道16号線 蛇田歩道橋の完成予想図
歩道橋がちょっと変わった形をしているのは、伊達政宗公が建造した慶長使節船の
サン・ファン・バウティスタ号をモチーフにしているからで、同時期に石巻湾に計画されていた、
サン・ファン・バウティスタパークへのアクセス道路として位置付けられていたため。
■宮城県慶長施設船ミュージアム サン・ファン館
写真は、津波で被災する前の画像です。
当然、仕事の依頼があった時点ではこの公園も歩道橋もまだ出来ていませんから、
これら事業の全体感を把握し、提案をしなくてはなりません。
と、、、こんな風に書くとどんなご大層な作業をしたかと思われるかもしれませんが、
実際はほぼ数十分でプランの骨格が決まり、A2版のプレゼン図面を2案、4時間弱で一気に
描き上げ、仙台の東北支店に連絡をし、打合せをセッティングしてもらいました。
1995年6月9日(金)の打合せ当日、初めて会うクライアント(宮城県石巻土木事務所の担当官)に
提示したところ、僕の経験上、過去最短30分の打合せ時間でプランが決まるという
経験をしたことでデザイナーとして何かを掴んだ気がしました♪
その時に作成した図面は今でも記念に所有しているため、後編で公開したいと思います。
1995年というと僕が30歳だった頃。
ランドスケープデザインの仕事を始めて7年目を迎えた年でした。。。
●jun-arさん、夢空さん
nice、ありがとうございます。
by 浜松自宅カフェ (2012-03-12 13:23)
そういうきっかけの案件って僕も覚えてます。
デビューとか大クレーム受けたものとは別ですが、
僕も忘れられない会社員時代の案件は何件か覚えてますし、
以前、三重や東京に行った際、現状を見に行きました。
無事だと良いですね。
by plusgate (2012-03-12 15:42)
●plusgateさん
やはりplusさんもですかー!
この記事を書いた後、「そういえば他の人ってどうなんだろう?」って
思っていたので共通性があることがわかりましたよ。
こういう感覚をわかってくれる人がいるって嬉しいですよ♪
by 浜松自宅カフェ (2012-03-12 18:29)
●kuniさん、カフェオランジュさん
nice、ありがとうございます。
by 浜松自宅カフェ (2012-03-13 21:50)